昭和44年07月10日 月次祭



 月の十日という節はお道の信奉者にとりましては、取り分け有り難いお日柄として大事にさせて参ります日でございます。教祖様がご生前から月の十日を金光大神の祭日として「金光大神祭」という祭りを月々お仕えになられた。お道の信心の信奉させて頂く者の全てが、ここのところを目指さして頂くというのが、お道の信心だと私は思うです。信心が十年と続いたら吾と我が心を祀れと。というのは十年も信心が続いたらね、吾と我が心が拝めれれるようにも、ならなければならんぞということだと思うのです。
 皆さんどうでしょうかね。十年の信心が続いたら吾と我が心をを祀れと。自分で自分の心が拝みたいほどしの、有り難いものを自分の心の中に感じれれる。教祖様はそこんところを「生神金光大神祭」として月々お祭りをなされる。ご生前から特に神様から、旧の暦新の暦がね、十日という日がつれ合う日がある。その時こそ金光大神神上がりの日ぞ、と言うておられる。教祖のご時代のあのう残されておりますいろんな文献の中に、そのう暦がございますね、その御本部行かれると御覧になったと思う。
 ちょうど九月の十日と十月の十日が一緒になってる。その十日の日が金光大神永世の祭日であると同時に、金光大神が肉体から、言わば神様におなりになられたとでも申しましょう。お国替えになられたお日柄でもあるのです。そういう意味で特に十日という日を私共が大事にさして頂くと言う訳でございます。どんなもんでしょうか皆さん。信心の稽古をこうやってなさって、段々自分で自分の心が拝めれれるように、偶にはそう言う様な事がなからなければ、その偶にでもあるその心をです。
 いよいよ育てて行くというのが、私は金光様のご信心だと。信心が育つということを言われますけれども、そういう線に沿うての育ちでなからなければいけません。おかげだけが育って行ったんでは、これはたいへんバランスのとれない結果になる事でしょうからね。そいと自分の心の中に感じる信心の有り難さ。いわゆるわれとわが心を拝めれるような、その心と同時におかげが進展していく、バランスのとれたおかげを頂かしてもらおう。それにはやはりそのう、何の稽古にも同じですけれどもね。
 鍛えられなければ駄目です。鍛えられずしてそんな生神金光大神、言わば「金光大神の境地」と言った様なものが開ける筈」ありません。勿論わが心を拝めれるようになるはずありませんね。そこで私共がおかげを頂きたいとこうまぁ願うところから、ご信心におかげを頂きますけれども、そのおかげの焦点というものが、段々変わって来るね。お商売をする人は商売の繁盛を願われる。病弱な人は健康の事を願われる。人間関係で悩んでおる人はそこから脱皮したい、そこから逃れたいとこう思うて信心をする。
 そしておかげを受ける訳ですね。だからそういうおかげを受けて、そういうおかげがです。んなら五年も十年も続いておるということはおかしいのです。そら自分の調子の良い時は誰でも有り難い。都合の良い時には誰でも有り難い。自分の好きな物もろたら、誰だってお頂戴致します。「有り難うございます」も言うね。ところがねそれでは言わば今日私が申しますね「金光大神祭」にあやからして頂きまして、この十日というお日柄を大事にさしてもらう。
 信心が十年と続いたらわれとわが心をまつれと仰せられるほどしのところを、目指しての信心とは言えないと思う。春やら秋のように暑くもなからにゃ寒うもないという時は、誰でも結構ですけれども。それこそ焼けるような暑さの中に、または凍えるように寒さの中にね。その寒さの中に暑い中にでも「お恵み有り難し」としての、お礼の言えれるような信心。日常生活の上に起きて来る様々な問題の中にも、都合のいい事も悪い事もありゃ、嫌な事もありゃまたいろんな、都合の有り難い事もあるのですけれどもね。
 そのどの中にありましても、お礼の申し上げれるような心を目指しての、稽古でございますから中々どうして、稽古してと言うだけではなくて、言わば鍛えられる上にも鍛えられて始めて、そこんところが分かる所である。今朝の今朝じゃない。今日の1時の信行祈念の後の御理解の中にもございましたがね。「忌み汚れはわが心で払う事もあり。受ける事もり」と仰せられる。忌み汚れは自分の心ひとつで払う事もあれば、それをまともに受けてしまわなければならない事もある。誰だって忌み汚れは嫌であるね。
 そのわが心ひとつでそれを払う事にもなる。これは例えて言うとですね。災難がここにかかって来ておるとするなら、その災難を自分の心ひとつで払う事も出来れば、まともに受けなければならないと言う事にもなると言う事なんです。あぁそうですか。そんならひとつ何でもかんでも和賀心で受けたらいい。言わば和らぎ賀ぶ心で受けさえすればいいんでしょう。そうなんです。ところがどっこい本気で稽古さしてもらい、鍛うた上にも鍛うておきませんとそこんところがです、とっさに受けられん。
 もうよろよろとする。もう二、三歩でもよろよろして下がったらもう終いですね。受ける。それがそのまま受け返される。先日どなたでしたか。佐田さんでしたかね。あの野球の事は私よく分からんのですけども、グローブをこう持っておる。強い球がやって来る。それをパッと受け止めるということ。しかも受け止めるというだけではなくて、例えば先日これは誰のでしたか。椛目の合楽の現在の信心はですね、もうその野球のあれは何て言うですか。いっぱい詰まっておるの満塁っつうんですかね。
 満塁になっておるような状態だと仰るんです。誰かここに本気でですね、ホームランをかっ飛ばしてくれるなら、この四名なら四名の者が、一遍にダーっとそのあがっていけれると言う様な、微妙なところにあるとこう言う。そうでしょう。それを思います。それもある方がやっぱ頂いておる。そのあの競馬馬がですね五、六頭、こう頭を並べて、もうとにかく、こう一生懸命競り合って走っておるところを頂いたという人もございました。というようにです言わば緊張しきったような中にある。
 例えばんなら合楽で十年又は十五年と信心の稽古をなさった方達がです、もうここにですね言わばそのう、言うなら神様が下さろうとしておるおかげが、もうここに頂けれるような状態にあるんだ。けれどもここに誰かがひとつホームランをかっ飛ばすほどしの、言わばスキッとするほどのね。それこそ胸がすくような信心をどなたか頂いて下さらなければです、この満塁が死んでしまう。それにはですほら強い球が来たけん、これ避けよるぐらいの事じゃ出来んのです。
 その球が直球であり強ければ強いほどですね。それをまともに受けては払って始めてホームランですね。ジワーッと来る球でホームラン出そうったってそれはダメですよ。それこそよろよろするような、その球がまともだったらそれこそ、命取りにでもなろうかと言う様な球をですね。受けて返せるだけの信心がです、出来ておかなければならないね。先日ある方がお供えをして下さった本の中に、「鍛える鍛えられる」ということが書いてあった。私はそれを読ませて頂いてからなるほどだなぁと。
 何の道でもやっぱ一流という人が言うておる事、書いておる事は違うなぁと思いました。それは歌舞伎役者の松本幸四郎という人が、随筆ふうに書いておるものでございます。鉄は熱しておる時に打てと言われるけれども。鍛えられるということはそんな生易しいものではないと言うております。私もそこまでは知っておった。熱を熱しておる時に打たなければならんということは知っておったけれどもです、鍛えられるということはそのような生易しいものではないと。
 六貫目からある生鉄が、あの一振りの刀になってしまってるんですから、もうそれこそ火花を散らすように、打って打って打ち上げられなければ、そうあぁ言う様なものにはならないんですね。いわゆる人の心をもちろん切ったり刻んだりもしますけれどもね。名刀ともなると切るのじゃない自分の心を守る。守護するものだと言われております。例えば正宗のような名刀はそれである。それがですねいわゆる火加減湯加減ひとつでその、あぁいう素晴らしい切れ味の刀が出来るということである。
 火加減湯加減が大事でだと。ですから熱しておる時熱しておる時に、ただ打ちさえすれば良いというのではないということ。言うならば今まで熱しておったものをまた、ジュッとその水の中に漬けてです、その湯加減の中にその打ち上げたものを漬けては打ち、漬けては打ちというところがあるんだと。と言うて自分のいわゆる芸談を話しております。皆さんもご承知でしょうけれども。
 あの人は松本幸四郎先代の松本幸四郎を父親にして、そして奥さんのお父さんでありますところの、一代の名優って言われた村吉右衛門が奥さんのお父さんですから、言わば舅親ですかになる訳です。その吉右衛門と幸四郎が、その時分まだ染五郎時代。染五郎の時代に出したお芝居の中で、そのお父さんがダメを出された。ダメって言うのはその何と言うですかね。口上を言われたと言う事なんです。その時の事を書いております。もし自分にですね。もっと力があったならばですもっと意欲があったならばです。
 あぁいう素晴らしい言わば名優と言われた、吉右衛門と幸四郎を父に持っておったのですから、どんな素晴らしい事を教えてもらっておったであろうかと。ただいや教えてもらってはおるけれども鍛えられていない、ということを言うております。それが「鍛えられるほどしの自分ではなかったからだ」と言うておる。こりゃ中々どうして信心の上に、これを私は当てはめて考えてですたい。
 「うて下さい」とかね、「教えて下さい」とかと。教えはされるにしても、鍛えるということはこちらに鍛えられるだけのものを持っておらなければ、出来ないということである。それには例えば今日は私が申しますような、おかげもさることながらですね。「十年したらわれとわが心をまつれ」と仰せられるほどしの私を目指して、信心に精進をさしてもらうということ。そういう境地がもしあるならそういう境地を開きたい。と言う様な私は願いを立てて、縋っていかなければ出来る事じゃない。
 花咲か爺さんじゃないですけども、枯れ木に花が咲くようなおかげ。普通で言えばそんなことがあるもんかと思われる程しのおかげ。そういうおかげが頂けれるということ。ある日可愛がっておる犬が、「こ掘れワンワン」と鳴くからそこを掘らして頂いたら、そこから小金が出て来たというのである。それを良くないお爺さん隣りのお爺さんが聞いて、その犬を貸してくれと。ところが泥やら瓦が出たばっかりで、相当はらかいてしもてからその犬を殺してしもうた。
 あんまり帰ってこんから迎えに行くと、「こんな犬は俺りゃもう殺してしもた」とこう言う。「前はもう俺ん所の借っておいてから、そげな事してから」言うてケンカをしなかった訳ですから。「こらかわいそうな事をした。そんなら亡骸だけでももろうて帰ろう」と言うて亡骸をもろうて帰っては、やはり裏の畑にそれを埋めた。そこに言わば小さい松の木を植えたところが、その松の木がどんどん大きゅうなった。それでその松の木を切って臼を作った。
 不思議な事にその臼でつかせて頂いたら、中からどんどん小金が沸いてきた。それを見ておった隣りのお爺さんが、又もその欲心を起こして、「その臼を貸してくれ」と言う。隣りのおじいさんがついたら、やっぱり泥水やら瓦やらが出てきたと言う。こんな臼はと言うてそれをもう割ってしもうた。そして焚き物にしてしもうた。その後にその臼をまたもらいに行くと、「こうこうだった」と言う。もう踏んだり蹴ったり重ねた上にも重ねて、そういう無礼な事をするので、もうやっぱり腹を立てずにね。
 臼が帰ってこんなら仕方がないから、せめてその灰だけなってももろて帰ろうと言うてもろうて帰った。その灰を木にこう肥料変わりに掛ける訳なんです。ところが不思議にそのかけた灰の所からですね、どんどん綺麗な花が咲く。そこであの「咲かじいさん」が生まれるね。殿様のお目にかかった。沢山の褒美を頂いたというのである。犬が殺されても臼を割られてもね。そういう受け方の中にです、枯れ木に花が咲くようなおかげが頂けれるということをです。
 教祖はいろんな角度からその事の真理を突いておられます。「の方の道は喜びで開けた道だから、喜びでは苦労はさせん」と仰る。喜べるはずじゃない。腹立てるのが当たり前。その当たり前のような事の中からでもですね。腹を立てたり情けながったりせずにです、それを合掌して受けていくという生き方こそ、教祖生神金光大神の通られた生きられ方。生活のご態度であった。ですからその道に御縁を頂いておる私共も、そこんところに信心の焦点を、稽古の焦点を置いていかなければならん。
 おかげを頂かなければならん。焦点が違うのである。そしてそれをいろいろ理屈の上にでも分からして頂くとです、なるほど世の中には喜びを持って行けるなら、喜びの花が咲くことはもう目に見えてる。喜びの実が実るという真理がある事をです、突き止め分からして頂くのだけれども、実際その時になってみるとどっこいと受けられんのである。こういう受け方をすればです。これは不浄になる。こういう受け方をすればおかげになるということが分かっておっても、咄嗟に出てこないのである。
 それを今日私は善導寺の大奥さんの話をいたしておりますね。私の信者時代毎月御本部へ月参りをさして、親先生のお供をさして頂いてお参りをする。いつも二人で参るのですけれども、その日はいわゆる大奥様も一緒に連れて参ってくれということである。で三人でお参りをさして頂いた。ほいであの親教会の今の手洗いのあります、ちょっと所まで来た時です、どうした調子にかそのそのおばあちゃまが履いておられます下駄の緒がプッツリ切れた。そしたらお婆ちゃまがもうすぐそれを言われる事は。
 「あぁおかげ頂いた」ということじゃ。「もう途中でどん切れとるなら裸足でなかにゃんとこじゃった」と言うて神様へお礼を申された。私はその時にですね、はぁ金光様のご信心の稽古というものはね、こういうことが出来る様になるんだ。何十年間という初代の親先生のあの厳しい修行に付いてみえられて、そして煎じ詰めて分かっておられるとこは、ただそこだけであったと言うても良いくらい。そういう場合に「あぁおかげ頂いた」ね。パッとすぐ側ですからまた下駄履きもんを履き替えて行かれる。
 これが今朝の今日の昼の御祈念の時に、あそこに塗板に書いてありますようにね。それが言わば不浄がかかって来ておっても、忌み汚れがかかって来ておっても、その忌み汚れをわが心で払うのである。神様にお礼を申し上げる心。それをどうでしょうかね、普通の人だったら、「はぁもう出掛けに鼻緒が切れて、もうこげな縁起の悪い事はなか。今日は何かあるかも分からん。用心して行きなさいよ」と言う様な事になって、本当に縁起でもないことが起る様な事を自分の心で創るのである。
 だから話はそれだけでんなら、私共が鼻緒が切れたらそげな風に言おうと言うたっちゃ、なかなか言えんところに信心の稽古が、積まれなければならないということ。ただ稽古だけじゃない、本当に鍛えられた上にも鍛えられておかんとですね。通った上にもそこを通らして頂いて、そこんところを分からして頂いとかんと、自ずと出てこないのである。今日の前講を久富勇さんが務めておられました。一日の月次祭からずうっとお話を聞きよってから、ほんな事思ったんですよ。
 ずうっとその神様の事で繋がって九日まで、八日まで繋がっておる。しかも夜も夜中もないように繋がっておる。ほんなこてこりゃ仕事の合間に信心するのじゃなくてから、信心の合間に仕事しござるという感じである。これは普通出来る事じゃないなと思う。しかも神様は久富勇さんの家に現れておられる現在の状態というものは実に厳しい。それこそ普通で言うなら泣き面に蜂。踏んだり蹴ったりちゅうどこである。そういう中にあってもです、信心の稽古の上にはそれこそ。
 貧乏揺るぎもせん程しの信心を続けておられるということが尊い。先日久留米の共励会で、偶々今日お参りなっとります岡崎さんですが、始めて共励会に出らせて頂いた。ちょうど久富さんのお話を聞かせて頂いてたまがったっち言う。あぁいう中にあってあぁいうような話をなさっておられる。しかも嘘でもなさそうだ。いわゆるあぁいう難儀な中にあって、その難儀を合掌して受けておられる、その信心の姿はというものを直に久富さんから聞かせてもろうて。
 「信心とは尊いものだなということが分からして頂いた」と言うておられる。まぁそういう感銘を受けられたからかどうか知らんけども、それ以来もう次々と同じようなお夢を頂くんですよ、と言うて今日昼お供えを持ってみえてからお届けしておられる。それがねここの信者の幹部の方達と一緒にですね、もう何回もそれが見るんですよ。あのちょうど夏の夏祭りにお御輿を担ぎますね。「わっしょいわっしょいわっしょい」と言うて、あのお御輿を担ぐその周囲に、やっぱ自分そのハッピを着て。
 「わっしょいわっしょい」と言うておるそういう姿を頂くんです。「そりゃぁ岡崎さんおかげ頂きなさるよ」。例えて言えば信心ちゃ信心すりゃ商売繁盛するよと。病気が治るよ。なるほどそこも一遍は通ってきておられる方達なんです。もうぼちぼち信心さして頂くならばですね、本当神様にお喜び頂けるような、御用の出来れる私にならなければならない。まぁ例えて言うならば、ここで私をお神輿さんと言うならばですね。総代さんとか菊栄会の方達がです、私を言わばお神輿のように担ぎ上げられて。
 そしてその「わっしょいわっしょい」という勢いで、あのお祭りが仕えられておるように、若先生を中心に青年会の方達が松栄会の方達が、それこそ下にも置かんように「わっしょいわっしょい」で抱え上げておられるように、そういう言わば神様の身近な御用。教会を中心にした御用。そういう御用ももうぼちぼち、岡崎さん出来なければならない事を神様は教えておられるように思うんですよ。と言うて話した事です。ただ自分の忙しい事だけ。ただ自分の事だけ。それがですそこにそういう意欲が持たれるね。
 しかもその意欲を持たれるところから、始めて教えられるではない、鍛えられるというところが始まる。そのこちらに姿勢が出来なければ鍛えられんのである。言わば「熱したから叩け」と言うのだけじゃいかん。それこそ冷やされたり熱くなされたりね。その中に鍛えられた上にも鍛えられて、言わばあの玉散るそのう刃と言うかね、と言う様なものが出来上がっていくのである。言うならばそこに御神徳が約束されるのであり、そこに「れ木に花」と言う様なおかげが受けられるのである。
 普通では常識ではとても、考えられないほどしのおかげが展開して来る。そういうおかげをですね。神様は氏子一人一人の上に「どうぞ信心しておかげを受けてくれよ」と言うておられるのでございます。ですから折角そこのところの信心をさして頂くならばです、そこのところが楽しゅうなりいよいよ有り難うならせてもろうての、信心でなからなければならないということです。
 先ずいわゆる鍛えられる私共を目指そう。何十年例えば信心を致しましても、もし鍛えられてないならばです、それは唯おかげは受けていってもお徳にはならん。「あの世にも持って行け、この世にも残しておける」というものにはならない。私共何が何でもやはりお徳を受けたい。今朝からの御理解の中にも、「真」ということ、「真の道」ということについて御理解の、商売人に下さっておる御理解がございますね。十銭のものは八銭で売れよと。商売をするなら売り場買い場を大事にせよよと。
 十銭のものを八銭で売ると目先が二銭損のようだけれども、数が売れるから却ってその方が得じゃとこう言うておられる。これは私今までそれはただ常識で言うそれと同じように思うておったんです。「らそうじゃろう。安いなら売れる事が分かっておる。教祖様は当たり前の事を言いなさる」と言う様な感じだったけれどもです、今日の御理解を頂いてみるとです、教祖の心眼。言わば次元の違ったところから御覧になってから、その通りであるということ。ですからこれはもう絶対のもの。
 それが徳になるもの。徳になるもの。「真の道」とこう言うけれども、「真の道」というのはね。教えられたその事をですね、本気で行じようということなのだということ。そしたら行じていくところに真の道を歩いておるんだ。だから五十年信心しておっても、教えを元にした生活ということがないならば、真の道におるのじゃないということになる。はぁ教祖様があぁ仰って下さるのだから、今まで十銭で売りよったけれども、今日からは八銭で売らせて頂こう。
 お客さんも喜んで下さるに違いはないれども、第一神様が喜んで下さるのだ。いや教祖様がそう仰って下さるからそれを実行するのだ。その実行するということが真の道を踏んで行くのである。してみると真の道というのは素直にそれを行じて行くと言う事で、大変難しい事じゃない事になる。そういう真の道を本気で行じさせて頂いておらなければです。今日私が申します様な所は生まれて来ない。我と我心を拝ましてもらえれるような。どのような場合にあってもです。
 そういう稽古が積まれておらなければです、その時咄嗟にそれを有り難しとして受ける事は出来ない。私は様々おかしい事があるけれども、そのおかしい事の中にです、自分の状態は見らずして、自分の手元の所は見らずしてから、イライラしたりモヤモヤしておる人の姿ほど滑稽な事はないと思うですね。自分がさばけんなおってからです、自分の事は棚に上げといてから、言わばイライラモヤモヤしておる。これはもうお互いの日常の中にもそれがある事なんです。
 そういうような時です私は私共の心を本気で、そういう心をキャッチしなければいけん。そういう心をひとつ本気で掴まえて、「はぁこういう心があったんじゃ信心の稽古をさして頂きよるもんとは言えない」というところにですね。自分がおかげを頂きゃひとつも問題にない事を、イライラモヤモヤしたり人の言うたりしたりする事を見ては、もうイライラしておる。まるきり家内が悪かのごと思うとる。まるきり子供がいけんとのように思う。こんな滑稽な事はないんです。
 ですからそう言う様な事に、私共はいつも直面しておるわけなんです。ですからそういう心をひとつしっかり握らな、こういう心があったんじゃぁです、いわゆるいよいよの時に拝めないのですよね。ですからまぁ手始めに、う言う様な心を、先ずしっかり掴まえといてそういう心を除かしてもらう。そういう心をです改まらしてもらう私。私というものをしっかりそこに見つめさして頂くところから、イライラどころかモヤモヤどころか「神様相済みません」と言う様な心しか、大体はあってはならない筈の事をです。
 それを人に当たり散らかしてイライラしておる。それで自分で心を暗くしておる。腹立てておる。これではわが心を拝もうにも拝めません。ですから私共は「いうならどこを改まったならよかじゃろうか」ちゅうてんなあんた、どこば改まんなさいってなかなか言えんもせんし、けれども自分自身でね。例えばんならイライラモヤモヤしておるなら、そのイライラモヤモヤしておる時に、もう他所へ持って行かずに自分自身の心の中をよくよく覗いて見て、はぁもやもやするだんじゃなか事をモヤモヤしておる。
 そういう心に取り組んでですね。改まらして頂くというよいうなところからね。いわゆる「」金光大神祭」にあやからして頂いて、月の十日の日だけくらいはいっちょ自分で自分の心を拝めれるようなおかげを頂きたい。今度十三日会の案内が皆さんの手元にも来る事でしょう。昭和30年から始められたあの十三日会ね。神ながらに生まれた。御本部小倉へ親教会へ月参りをさして頂いておった私共が、ある事情の元にお参りが出来なくなった。それこそ血の涙の出るように皆が歯痒がった。私も歯痒いと思うた。
 その歯痒いと思うた心を神様に、お礼いやお願いさして頂きよった。そしたら神様からね、「三日という日こそ神の悲願がかなう日ぞ」とこう仰った。「の願いが成就していく日ぞ」と。ほうら途端に有り難くなった。十三日会というのはいよいよ私共の願いではなくて、神様の願いが成就する日だとして、お互いが御本部参拝さして頂きよった積りで、例えば旅費のお供えをするとか、その日は一日信心の共励に励まして頂くと言う様に、寄り合う者だけが集まって、30年からこの十何年間続けられた。
 それまでは毎月の御本部月参り、ここの浄財という財というものはもう、家庭生活の上にはもうお下がりだけで、と言った様な切り詰めた生活さして頂きながら、お下がりの全部が月々御本部へのお供えであった。預金なんて一銭もなかった。その十三日会が始まる時から、その十三「御礼十三日会」言うあの、」皆さんが献納されるあれを積み立てた。神様の願いが成就する事の為に積み上げた。それが七年目でしたか八年目でしたかね。ここにご造営の事の話が起こった。
 もしあの時のあれがなかったら、とてもいくら他所へに移らにゃんといかに言われたっちゃ、移る事すら出来なかった。ここを土地を買うだけのお金がそん時あった。土地を買うこととここに事業土を盛らして頂くというだけのお金が。それだけが元」でこのお広前がご造営になった。神の願いがそのようにして成就する。私はまたこの十三日会って十三日会の日は、いつも有り難い共励がありよるけん出てきなさい、とまだ一遍も皆んなに私は勧誘した事も勧めた事もない。
 それは神様が先頭に立ってござるからね。神ながらに開けて行くものだと。言うなら十何年間続けられて来た。それがです例えば委員長の発言でしょう、いっぺんに企画の方達皆話し合ってです、この十三日会という日をもっとこういう有り難い、神様の願いが成就するというような日をです、合楽の信奉者の全てがですね。今日と言う一日は「神様のお心に沿い奉る日」としてです。朝からお弁当持ちで出来るなら家族中でですね。午前中は例えば草取りのひとつもさして頂こう。
 お広前の御用でもさして頂こうと言う事にならして頂こうじゃないか。そして午後を有り難い親先生を中心にして、信心の共励などに励まして頂こうじゃないか。これは自分達だけのものにしてはならない、合楽の信奉者の全部の者にしなければならない。それが神の願いに応える事だ、というところからです、あのう案内のハガキができあがった。私はその事を思うて有り難いと思うた。そういう働きになってきた。
 そして合楽その十三日会、せめて神様の願いが日頃は願っておるばかりなのであるから。今日という一日こそはです、神様の願いが成就する事の為に奉仕させてもらおう、と言う様な願いの元にです、皆さんが集まって信心の稽古をさして頂きよったら、どう言う事に成って来るだろうかと思うて、私は今朝の御理解を思うた。商売をするなら十銭のものは八銭で売れよと。売り場買い場を大事にせよよとこう仰るがですね。
 せめてこれを私の方の店のね言わば十三日会としてです、神様の願いが成就する事の日としてです。例えばこの商売人であらじゃなくてもいいんですよ。例えそれが商売人であるならば、今日は黙って奉仕の日だとしてです、お客さんに喜んでもらえる。今まで十銭のものは八銭で売らせて頂く。私のの日はもうこうして一割引で売りよりますよと宣伝してです、売らんかの為のものではなくて。
 本当に神様が喜んで下さることの為に、本当にお客さんが喜んで下さる事の為に、黙って奉仕さして頂けるような店が、一軒二軒と段々増えて行く事であろう。そしたらどういう素晴らしい事になって来るであろうか。これはもうこの日だけの事ではない、いつもがそのような私は信心生活できるようになる時に、いよいよ神様の願いの実現というものが成されて来る。神様の願いの実現が、先ず合楽の信奉者の中からと言う様なです。
 おかげが受けられるのもあんまり遠い日の事ではなかろうと言う風に思うたら、何かしら嬉しゅうなってきたね。そういう例えばですね、嬉しい信心をさして頂きたい。楽しい信心をさして頂きたい。本当の信心を身に付けたい。そこの願いからです始めてね。神様がの氏子はと例えば白羽の矢を立てて下さるような事にもなるのではなかろうか。その時にですね。受けて損じないようにそれを見事に受け抜かせて頂けれる。
 信心の姿勢というものを、しっかりいわゆる腰構えを作って、の信心の稽古でなからなければならない、ということを思うのです。そして究極のところはどうかと言うと。われとわが心を祀らせて頂くということ。お道の信心のいわゆる、ぎりぎりのものはそれなんです。われとわが心を拝めれるような、有り難い日々でありたい。月の十日にはせめて、わが心も併せてお祭りをするような御礼の心ができ、自ずと備わって出来て来る、おかげを頂いた時にです。
 始めてどのような場合であっても、それこそ下駄の鼻緒が切れた時に「はぁこれはもう出掛けに縁起でもない」と言った様な事では無くて。おかげ頂いたとして神様にお礼を申し上げるような心が、段々これはその熟練ですやはり。稽古ですね。稽古を積んで行く内に、言わば「即有り難し」というおかげの受けらる私共にならして頂けれる、ということを思うんです。だからういう信心をお互い目指しての信心でなからなければならない、ということなんです。
   どうぞ。